この間のNHKスペシャルで扱ったのかどうか、足立区立郷土博物館が所蔵する検察の捜査資料と思われる
ガリ版刷り資料にある「自殺に非ずとする下山総裁夫人の供述」の筆頭には、総裁には家柄・血統上なんら
不審はないと何やら強調してるような箇所がある。
家柄・血統でいうと総裁夫人の生家である高木子爵家の方が遥かに格上で、華族令嬢だった夫人の姉には
三笠宮崇仁親王妃もいる。夫人の父親である高木正得子爵は下山事件の前年、1948(昭23)7月8日に
華族制度廃止による生活苦などを記した遺書を残して失踪し、11月に奥多摩で縊死体として発見されている。
その1年後に夫の国鉄総裁が亡くなり、自殺だと直感した夫人は前年の没落した父の自殺とその原因に思い巡らせ、
そのことを吉松富弥に口止めしておいた。それ以後、あれほど親しかった下山家と吉松は音信不通となった。
総裁夫人にしてみれば、首切り問題を前に職場放棄し敵前逃亡したかのような総裁の不名誉な自殺は受容し難く、
正面から斬り合った末の討ち死にとした方が好都合だったのだろう。
吉松富弥が下山家と再会したのは33年後の総裁夫人の葬儀の場で、それが国鉄葬という大イベントだったことにも
かなりの違和感がある。
【余程の材料が出ない限り】下山事件【真相は闇の中】
2024/04/05(金) 10:07:09.11ID:???
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