柴田本に疑問を呈してたブログがあるんだけど
柴田母の証言で祖父の柴田宏に長島フクから昭和24年から昭和34年まで年賀状が来てたと

「母の記憶によると、長島フクの年賀状が来ていたのは、昭和二四年から三四年までだという。祖父の年賀状を整理するのは毎年母の役目だったので、よく覚えている。
後で調べてみると、長島フクは昭和三四年に子宮癌のために死亡していた。母の記憶と完全に一致する。
毎年同じような図柄の年賀状で、旅館の名前と住所が印刷してあり、末尾に直筆で長島フクの名が書き加えられていた。五反野という住所にも覚えがあった。」

・昭和24年正月だと下山事件前
.・昭和34年頃だと長島家は旅館を廃業して不動産屋になってる
・なぜ長島勝三郎名義でなく長島フク名義なのか
・当時の末広旅館の住所は足立区千住末広町75なのに五反野という住所に見覚えがあるのはなぜか
・柴田母は1934年生まれで、昭和34年(1959年)の24.25歳になるまで祖父柴田宏の年賀状を整理したのか
ちなみに柴田哲孝は1957年武蔵野市生まれである

可能性としては、「五反野駅スグ」みたいな文章がある絵葉書みたいなやつ?とか
なぜ旅館廃業後も旅館の事が書いてあるかというと、営業メールじゃないから?
忘れんなよとか口止め料的なお小遣い頂戴みたいな

桜林美佐さんという方が旧twitter現Xで「未解決事件 File.10 下山事件 第1部 - NHKスペシャル - NHK
下山総裁が最後に立ち寄ったのは元警視庁の祖父(祖母は未亡人で後妻でしたのでその頃いたのは前妻の方でしたが)が営んでいた旅館でしたので、とっても興味深いです!」
という風に書いています